どう学ぶか?という視点
前回のブログで、インストラクショナルデザインを料理に例えて書きましたが、
今回も、人はどう学ぶかということに関して、数年前の私の体験を共有したいと思います。
ご存じの方も多いのですが、私は、沖縄・石垣島が大好き!!で、
年に何回か行ってしまうほどのハマリようです。
初めて行ったのが2006年1月、ちょうど6年前なのですが、
それから間もないころの体験です。
石垣に行くと、あちこちで三線を耳にします。
一度弾いてみたい!と思い、体験教室に行きました。
その時の参加者は私と、私のパートナーの二人だけでした。
先生から三線を渡され、ギター感覚でぽろん、ぽろん・・・と触ってみる。
すると先生が、有名な沖縄民謡を弾き始め、
「最初はこう、次の音はこれ、それからこう・・・」と説明を始めました。
「え?それを見て真似ろってこと??」
私はかなり困惑。
内心、「楽譜とか、ないの?ドレミファ・・・みたいなの順番に教えてくれないの?」
ふと横を見ると、私のパートナーは、
「最初がこの音、次がここね、はい。それで、その次がこうで、こう・・・」
と、しっかりついて行っているのです。
これに私はさらに困惑。
その調子で数分が経過。
すっかり落ちこぼれて、やる気を喪失した私と、
なんだか見よう見まねで、曲らしくなってきているパートナー。
私はすっかり不機嫌になり、「もういい、帰ろう~」と言いだす始末。
「え、あとちょっとでワンフレーズできるから、ちょっと待って!」とパートナー。
このままでは気持ちがおさまらないので、
後日、別の教室に行ってみることに。
今度の先生は、三線の持ち方を説明した後、
工工四と呼ばれる楽譜の読み方、三本の弦と音階を説明してくれました。
「ふむふむ、なるほど!そういうことね!」と私。
次に、これまた有名な沖縄の曲の工工四を渡され、
さっき説明を聞いた読み方と音階にしたがって、
音を一つずつ確認しながら、つなげていきます。
「あー、わかった、うん、弾けるかも~!!」と喜々とする私。
ふと隣を見ると、困惑した顔のパートナー。
体験レッスンが終わるころには、なんとなく曲になっている私と、
全然弾けず、やる気を喪失しているパートナー。
前回の、全く逆だったわけです。
二人とも初心者で、どちらかに才能があるわけもなく、
モチベーションも大差ありません。
何が違うかというと、「どう学びたいか」なのです。
Kolbの経験学習モデルにあてはめると、このケースでは、
私は Abstruct Conceptualization (概念化)からスタートしたい気持ちが強く、
彼は Reflective Observation (省察)が強かったと言えます。
自分の学びたいスタイルに合っているかどうかで、
こんなにハッキリとした差が出る、というおもしろい体験でした。
趣味の楽器であれば、「おもしろい体験」で済みますが、
これが職場での大切なことを学ぶ研修であれば、それでは済みません。
「何を」学んでもらうか、と同様、
「どう」学んでもらうか、は、学習の成果にとても大きな影響を与えます。
1回目の教室では、私は「やる気がなく、飲み込みも悪い生徒」ですね(笑)。
学び方が不一致なために習得できなかったり、
その人の「やる気」のせいにしたりしないよう、
「どう学ぶか」「どう教えるか」はインストラクショナルデザインに欠かせない要素なのです。
ご参考までにその後ですが、
もっと弾きたいと思い、三線を購入するにいたりました。
私は、基本のしくみが理解できたので、
工工四があれば、なんとなく曲に聞こえるぐらいに弾くことができる曲もあるので、
お手本となる先生が必要なパートナーより有利・・・なはず!(笑)。
でもそう言えば、最近また触っていないな・・・とこのブログを書きながら反省しました。
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